Nobuo Hoshino's America Rail Trevelog
 鉄道で行く米国のメイン・ストリート
アムトラック西行「サウス・ウェスト・チーフ」号乗車記
  ルート66と先住民の足跡を辿る
 
  一日目 シカゴ−サン・バーナディノ その1
 
  アムトラック・シカゴ・ユニオン駅に着く
 1997年9月23日午後4時30分、西行サウス・ウェスト・チーフ(Southwest Chief)号への乗車の為、米国イリノイシカゴ(Chicago, IL)のアムトラック・シカゴ・ユニオン駅(Amtrak Chicago Union Station)の地下の切符売場の前に立っています。ミネアポリスでの航空機の離陸が遅れた為、発車40分前にようやくこの駅にたどり着きました。到着して直ぐに発券窓口に予約番号とパスを提示したものの、係員は手続が判らず、別の係員に確認して10分後にようやく乗車券と寝台券が一緒になったボーディング・パスを受け取りました。ボーディング・パスを受け取り直ぐに荷物をカートに乗せると、発車の予告が有りました。寝台利用客の特典として、この駅のメトロポリタン・ラウンジでの無料の軽食と飲物がサービスされるのですが時間が無い為、今回は見送りです。
 
  この列車に乗る理由
 この列車に乗る理由は、南カリフォルニアの有数の撮影名所であるカホン峠(Cajon-Pass)の山越えを車窓から観ることと、カホン峠での列車撮影をする為のガイドとの合流地点であるカリフォルニア州サン・バーナディノ(San Bernardino, CA)に列車で行くにはこの列車に乗るしか方法はありません。
 
  障害者もどんどん列車旅行をする
 車椅子に乗った鉄道ファンと思われる方も見かけました。帽子の正面には、エレクトロ・モーティブ・デビジョン(EMD Electro Motive Division、シャツの胸にはアチソン・トペーカ・サンタフェ鉄道(ATSF Atchison Topeka & Santa Fe Railway)のクロスアイアンへラルドが飾られています。アムトラック・スーパー・ライナー客車の寝台車の一階には障害者対応の特別室が有り、シャワー、トイレが装備され、障害者と付添者が一緒に旅行が出来る様になっています。又、同時に車椅子を上げ下ろしを行う為の渡り板を装備しています。日本では障害者が簡単に列車旅行が出来る環境になく、特別列車を運転してもらった上に多くのボランティアの助けを借りてようやく日帰り列車旅行を行うことができる状況です。
 
  列車に乗車
 案内された寝台車はスーパー・ライナーU(Superliner-U)の別名を持つ二階式全ステンレス軽量客車の第二次車です。製造はカナダのボンバルディア社(Bombardier Inc.)です。アムトラックの号車表示が少し解りづらく自分の乗る車輌が解らず、他の車輌のデッキに居るアテンダントにボーディング・パスを提示してようやく自分の乗る車輌が解りました。ボーディング・パスに印字された番号は02/0331これは個室番号/列車番号及び号車番号を示します。02は二階の番個室二人用スタンダードクラスベッド・ルームを示します。03は列車番号の西行サウス・ウェスト・チーフ号を示しています。31号車の3は寝台車を示し、1は二輌目を示しています。これは号車表示を1号車から順番に振り分ける日本とは違いボーディング・パスと指定した車輌を対応させる為だけの番号付けです。スーパー・ライナーUの寝台車にはかつてのプルマン寝台車(Pullman Sleeper)に倣って車輌に車輌番号とは別に固有名を付け、米国50州の州名が名付けられています。ちなみに私の乗車車輌はニュー・ジャージー(New Jersey)の名前が付いていました。
 
  列車の発車
 1997年9月23日午後5時15分、予定より5分遅れで列車番号3アムトラック西行サウス・ウェスト・チーフ号がアムトラック・シカゴ・ユニオン駅を南に向かって発車しました。発車前に折畳テーブルの上にビデオカメラをセットして車窓の風景を撮ります。旅客車輌留置線の脇を過ぎると、直ぐに貨物列車の操車場を通過しました。この付近でシカゴの市街地は終わっています。操車場を通過し終える同時にシカゴ近郊旅客輸送のメトラ(Metra 北東イリノイ地域鉄道公社 Northeast Illinois Regional Commuter Railroad Corporation)のBNSF(Burlington Northern Santa Fe Line)の線路が近付いて来て、イリノイ州オーロラ(Aurora, IL)迄三本線を構成しています。此の三本線はシカゴ・レース・トラック(Chicago Race Truck)と呼ばれています。列車は東行カリフォルニア・ゼファー(California Zypher)号とすれ違いました。この辺りになるとシカゴへの近郊住宅地になっています。 シカゴも近郊旅客輸送に於ける鉄道の占有度は高く、長距離旅客輸送がアムトラックに移行した後も、シカゴ近郊旅客輸送は各鉄道の直営でした。シカゴ近郊旅客輸送がメトラに移行したのは最近の事です。
 
  最初の停車駅ナパーヴィル
 住宅地の中を走って列車は最初の停車駅イリノイ州ナパーヴィル(Naperville, IL)に到着しました。何の前触れも無く列車が停車したため、ここがナパーヴィルということが解らず、駅舎に書かれているNperville, ILの文字で初めて解った次第です。
 
  トウモロコシ畑の中を列車が行く
 更に列車はイリノイ州のメンドータ(Mendota, IL)、プリンストン(Princeton, IL)の二つの無人駅に停車した訳ですが、何の前触れも無く列車が停車したため、ここがメンドータということが解らず、駅の脇に建っている給水塔に描かれているMendota, ILの文字で初めて解った次第です。線路の両側の玉蜀黍(トウモロコシ)畑は途切れず続いています。列車の運行密度は高く30分ごとに東行貨物列車とすれ違います。
 
  ジュレスバーグ到着
 列車はイリノイ州ジュレスバーグ(Galesburg, IL)に到着しました。此処迄、サウス・ウェスト・チーフ号、カリフォルニア・ゼファー号ともに同じ線路を使用しています。シガゴから此処まではバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道(BNSF Burlington Northern Santa Fe Railway)の旧バーリントン・ノーザン鉄道(BN Burlington Northern Railroad)の線路を使用します。この線路がゼファーの通り道で、BNになる前は農夫の道であったシカゴ・バーリントン&クインシー鉄道(CB&Q Chicago Burlington Quincy Railroad)のネブラスカ州オマハ(Omaha, NE)に向かう本線です。此処から本来のチーフの通り道のバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道(BNSF Burlington Northern Santa Fe Railway)アチソン・トペーカ・サンタフェ鉄道(ATSF Atchison Topeka & Santa Fe Railway)の本線に入ります。
 
  陽は暮れる
 ジュレスバーグを過ぎても、線路の両側の玉蜀黍畑は途切れずに続いています。米国はサマー・タイムを採用していますので、日本より時間が1時間分早く進んでいます。ジュレスバーグの発車は19:50ですが、日本の感覚では18:50になります。ジュレスバーグを発車すると完全に車外は真っ暗です。此処でビデオ撮影は終わりです。ジュレスバーグでイリノイ州は終わって、次のフォート・マディソン(Fort Madison, IA)からアイオワ州に入ります。
 
  ミシシッピ川を渡って西部に入る
 ジュレスバーグを過ぎて直ぐに陽が暮れました。食堂車の予約時間が来たので、食堂車に向かいます。今回はポーク・チョップを注文しましたが、骨と肉が離れ難い事と味がくどいので食べるには苦労しました。食事中に鉄橋をわたる音が長く続きました。列車が渡っているのがミシシッピ川(Mississippi River)です。川を渡り終えると列車はイリノイ州からアイオワ州に入りました。列車は川を渡り終えると直ぐにフォート・マディソン(Fort Madison, IA)に到着します。サウス・ウェスト・チーフ号でのアイオワ州の停車駅は此処だけです。ミシシッピ川は中部と西部の境目になります。
 
  早い就寝
 早い起床と移動時のトラブルでの気疲れからか、急に眠くなりました。早速自分で寝台をセットして眠ってしまいました。寝台に入ると直ぐに列車の停まった気配を感じました。どうも時間からするとミズーリ州のラ・プラタ(La Plata, MO)の様です。起きあがって車窓から外を確認しようとしましたが、あまりにも眠く起きあがる事は出来ませんでした。
 
  一日目 終
 
   二日目へ

This page last updated on May 04, 2002
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Text (C) Nobuo Hoshino
Photo (C) Nobuo Hoshino