- Nobuo Hoshino's America Rail Trevelog
- 鉄道で行く国立公園
- アムトラック東行「エンパイア・ビルダー」号乗車記
- 列車を観る為の「究極」のホテルを訪ねる
- 一日目 シアトル−エセックスその1
- アムトラック・シアトル・キング駅に着く
- 1997年9月20日午後1時米国ワシントン州のシアトル(Seattle, WA)のアムトラック・キング駅(SEA Amtrak King Station)のコンコースに立っています。午前10時前には早々と入国審査を済ませ、時間待ちに郊外のタクウィラ(Tukwila, WA)の模型店エクスプレス・ステーション・ホビーズ(Express Station Hobbies)で買物を済ませてこの駅にやって来ました。出発当日迄天気情報のサイトで天気と予想気温を確認したお陰で「本日は晴天なり」です。翌日は快晴の見込で明日の朝の列車見物が出来そうです。
- この列車に乗る理由
- この列車に乗る事を決めた理由は米国鉄道三万マイル(テリー・ピンデル著、角川書店刊行、宮脇俊三・小林理子訳)の第十六章北西航路の一節時の流れを超越し自然と人間が共生する最後のひとこまとなる土地にひかれた事とこの章に登場して作者が泊まったモンタナ州エセックス(Essex, MT)のリゾート・ホテルであるアイザック・ウォルトン・イン(Izaak Walton Inn)の成り立ちに興味を持ったからです。
- 私にとって、当然ホテルから列車見物が出来る事、日本人が押し寄せてこない事(日本人のファンの一部にはモラルを守れない者が居り、他人の撮影や列車見物を邪魔したり、地元の人たちと問題を起こす。)が検討の対象になったのは言うまでもありません。 日本人が押し寄せてこないという事はいい換えると日本人は行かないのである。日本人の行かない場所にはパックツアーが無いので、自動的に手配旅行(FIT)になります。更にこの町は日本で発行されているガイドブックには記載されていないので、大手の旅行代理店といわれる処ではこの町やこのホテルの存在すら知られていない。この為モンタナ州の公式旅行案内サイトのトラベル・モンタナ(Travel Montana)でアイザック・ウォルトン・インの住所と電話番号を調べて私が懇意にしている手配旅行を専門に扱う旅行代理店に電話をして一切の手配をして貰いました。
- 駅に行く前に模型の買い物
- エクスプレス・ステーション・ホビーズに立ち寄った時に、店員のマーク・ヒルズ(Mark Hills)に「これから、アムトラックの東行エンパイア・ビルダー号(Empire Builder)号でモンタナ州エセックスのアイザック・ウォルトン・インに行く予定だ。」と話したら、「それはすばらしい。」と言ってくれました。このエセックスは北西海岸の鉄道ファンにはかなり有名な撮影ポイントではないかと思われます。
- 此処では約$450-の買い物をしましたが、雑誌を除いて残りは全て船便で自宅に送るように依頼しました。クレジットカードは8年前の第1回目の注文で提示済みでしたが、カードを変更するのでカードを再提示しました。 店の中からは道路を挟んで、シアトル−オレゴン州ポートランド(Portland, OR)のバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道(BNSF Burlington Northern Santa Fe Railway)の本線が見えます。時々通過する列車の見物は買い物とは違った楽しみが有りました。
- 米国では鉄道の趣味や鉄道模型の趣味の社会的な地位が高く、鉄道の趣味や鉄道模型の趣味をオタクのやることと考えている日本とは比べ物になりません。鉄道の趣味や鉄道模型の趣味のファンも日本とは違い、モラルやマナーを遵守しています。地域のイベントでも何か有ると模型の線路を敷いて列車を走らせて展示しています。
- この旅行記でも大部分の資料は各地の鉄道歴史協会(Railroad Historical Society)のサイト、各地の鉄道博物館のサイトや各地のファンが独自に作成したサイトにリンクして充当しています。(このサイトを捜してリンクを張るのが大仕事です。)
- 鉄道の好きな著名人は映画監督のアルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)、大歌手のフランク・シナトラ(Frank Sinatra)、そしてウォルト・ディズニー(Walter Elias Disney Jr.)です。
- ウォルト・ディズニーの鉄道への思い入れは大変なもので、自宅には模型の線路を敷いて列車を走らせ、映画には鉄道を登場させ、アナハイム(Anahiem, CA)、オーランド(Orlando, FL)そして浦安にも本物の蒸気機関車を走らせました。
- 丁度よくカリフォルニア州パサディナに在るペントレックス社(Pentrex P.O.Box 94911 Pasadena, CA 91109-4911)の刊行本ウォルト・ディズニーの鉄道物語(Walt Disney's Railroad Story)の発売が近づき予約を行っていました。
- チェックインが終わるまでは不安がよぎる
- 列車へのチェック・インは駅に着いて直ぐにおこないました。予約はアムトラックの予約サイトで済ませてあります。予約入力時にはアムトラックパスを使う事を入力出来ません。チェック・インには予約番号のハード・コピー、パス、パスポートそしてクレジットカードを提示してから署名を行いようやくボーディング・パスの受け取りと運賃の払い戻しを受ける事が出来ました。パスの使用時の手続きがガイドブックには書かれて居らず、運賃の払い戻しが受けられるかどうかが心配でした。
- 駅は静かなもの
- ほんの少し前にオレゴン州エゥジーン(EUG Eugene, OR)(Eugene, OR)行きの中距離列車が発車した後なので、駅には再び静寂が訪れています。コンコースに入って右側にチケット・カウンターが在ります。その隣には手荷物のチェックイン・カウンターとバゲッジ・クレームが在ります。バゲッジ・クレームは空港と同様のベルトコンベア方式です。
- バゲッジ・クレームの隣にはシアトル名物のエスプレッソ・コーヒーのスタンドが在って、隣には米国名物のホットドッグのスタンドが並んでいます。 ベンチに荷物を置き、荷物には盗難防止の為にワイヤーを掛けて、ベンチで横になります。しかし寝たい気持ちとは裏腹に異国での緊張が体を眠らせる事を許しません。約30分位横になっていると眠くなり、30分近く眠る事が出来ました。
- この駅は「鉄道王」の領地
- 目覚めてから駅の周囲を一廻りしてきました。駅の本屋には州の歴史記念物を示す銘板と駅の由来を示す銘板が並んで貼られています。駅前のタクシーは列車の発着時間帯にしかいません。この駅にタクシーで乗り付けた時も駅の前にはタクシーはいませんでした。
- アムトラック・シアトル・キング駅はシアトル・キング駅と名付けられている様に、鉄道王ジェームス・J・ヒル(James J. Hill)の君臨したグレート・ノーザン鉄道(GN Great Northern Railway)の西の起点駅でした。日本からの北米定期航路が日本郵船會社(NYK-Lines Nippon Yusen Kaisya)に依って開設されると、下船した乗客はこの駅からオリエンタル・リミテッド(Oriental Limited)号やエンパイア・ビルダー(Empire Builder)号に乗り換えて、一路イリノイ州シカゴ(Chicago, IL)やニューヨーク州ニューヨーク(New York, NY)を目指しました。
- 駅から線路を観る
- 駅の中から見える線路は複線で南北に敷かれています。手前の線路にしかホームは有りません。つまり客扱いは手前の線路でしか行われません。更に駅の南北に本線から分かれる行き止まり線が在り、駅舎を挟んでいます。30分位毎に長い貨物列車がゆっくりと通過して行きます。
- 駅の掲示板のポスターには2007年に駅と鉄道の再開発が完成して、近郊列車輸送が始まる意味の絵と説明が描かれています。この計画はアムトラックとワシントン州運輸省(WSDOT Washington State Department Of Transpotation)が共同でシアトルの近郊の列車通勤輸送を行うもので、北はワシントン州エヴァレット(EVR Evallet, WA)、南はワシントン州タコマ(TAC Tacoma, WA)の予定です。 シアトル−エヴァレット及びシアトル−タコマの一部区間に単線区間が残っているため、この区間の完全複線化を行う事になっています。
- 昼食は一時お預け
- 昼食も摂らずに来てしまったので駅の外に食べに出ようとしましたが、米国の大部分の駅の周囲は寂れているのが相場で治安上問題が有るので、駅のコンコースで売っているホットドッグを買って食べようとしたところ、ホットドッグスタンドは準備中でホットドッグは一時お預けになりました。東行エンパイア・ビルダー(EmpireBuilder)号発車の1時間以上前からホットドッグスタンドが再び「営業中」になったので、コーヒーと一緒にホットドッグとデニッシュ・ペストりーを買って遅い昼食にしました。価格は全部で$5-位でした。 国内の駅の売店で同じ買い物をしたら此の倍の価格になっています。 昨年の旅行でもシアトル市内の宿泊したホテルのコーヒースタンドでシアトル名物のエスプレッソ・コーヒー(Espresso)を飲みましたが、薄いコーヒーの好きな私には合わず、今回はレギュラーコーヒーにしました。
- 列車改札開始の案内
- 東行エンパイア・ビルダー(Empire Builder)号発車の40分位前になって、改札の開始時間の案内放送がコンコースに流れて、乗客に緊張が走ります。
- 寝台車(Sleeping Car)は寝台単位で予約確定時に乗客に割り当てられますが、座席車(Coach)は号車指定制で、席は予約確定時には確定していません(乗車時に車掌から指示が有るか、空席が有れば勝手に座れる)。指定された座席や個室は乗ってみる迄解らない。はずれの寝台個室に当たると余程の事がない限り替わる事が出来ない。
- この駅での改札は寝台車の乗客と座席車の乗客とは行列を別にして行います。しかし駅での改札ではボーディング・パスを見せるだけです。検札は乗車後に車掌が巡回して座席か寝台で行います。この時点で車掌はボーディング・パスの大きい方の半券を持って行きます。
- 列車の入線
- 甲高く大きな排気音を発しながら、これから私が乗る東行エンパイア・ビルダー号列車番号8が客車を先頭にしてシアトル・キング駅に入線しました。列車が完全に停止してから改札が始まりました。モンタナ州エセックス(ESM Essex, MT)駅は手荷物のチェック・アウトが出来ないので4個の手荷物は車内へ持ち込みます。ボーディング・パスに示された寝台は二階のため4個の手荷物を寝台迄運ぶため手荷物を担いで階段を上がります。この仕事が最も大変でした。カメラを入れたトランクが二個、着替えの入ったトランクが一個、身の回りのものが入ったショルダーバッグが一つです。
- 寝台はスタンダード・ベッドルーム(Superliner Standard Bedroom)を予約しています。進行方向に向かって左、つまり北側の寝台ですから、全米で最も美しいロッキー越えといわれるモンタナ州のグレーシャー国立公園(Gracier National Park, MT)のロッキー越えが寝台から観る事が出来る訳です。
- 担ぎ上げた手荷物は使用しない上段の寝台に置いて、カメラを持って出入口からホームに降りて写真を撮りました。写真撮影後、折畳テーブルの上に三脚をセットしたビデオカメラを置いて窓の景色を撮ります。落ち着いた後に折畳テーブルの上を良く観ると、地元ワシントン州産のワインや花瓶に生けた花やシャワー室で使う石鹸そしてエンパイア・ビルダー号の沿線案内(Route Guide)が置かれています。ワインは客室担当のアテンダントに頼めば開けてくれます。乗車時にはその事が解らなかったのでワインはトランクの中に直行です。
- 列車の出発
- GNの東行ルートは二系統有って、先に開通したウェナッチー(Wenatchee, WA)経由で、一旦エヴァレット(Everett, WA)迄北上してから東に向かう本線とワシントン州バンクーバー(Vancouver, WA)迄南下して東に向かう子会社線のシアトル・ポートランド&スポーカン鉄道(SP&S Seattle Portland & Spokane RailWay)です。このルートはワシントン州スポーカン(SPK Spokane, WA)で合流します。 現在のアムトラックのエンパイア・ビルダー号はシアトル始発とオレゴン州ポートランド(PDX Portland, OR)始発が有ります。シアトル始発は北廻りのウェナッチー(WEN Wenatchee, WA)経由で、ポートランド始発は北上してコロンビア川を渡り、ワシントン州バンクーバー(VAN Vancouver, WA)に入ってから東に向きを変えてスポーカンに向かいます。現在、列車はエヴァレットに向かって北に走っています。シアトル始発とポートランド始発の東行エンパイア・ビルダーは前述したスポーカンで一本の列車に纏まります。
- 1997年9月20日午後4時50分予定の発車時刻になった訳ですが、東行エンパイア・ビルダー号は10分遅れの午後5時過ぎにシアトル・キング駅を発車しました。東行エンパイア・ビルダー号は発車すると直ぐにシアトルのダウンタウンの地下を全長1マイルのグレート・ノーザン・トンネルで抜けます。
- ピ−ジェット湾が車窓に拡がる
- トンネルを抜けると車窓にはピージェット湾(Puget Sound)が拡がります。東行エンパイア・ビルダー号は港の横を通過しているので砂浜は見えません。港には引込線と輸出穀物を貯蔵するエレベータが在り、新車の穀物輸送用ホッパ車(Grain Hopper Car)が集結しています。
- 穀物の東洋への輸出も鉄道王ヒルの重要な事業の一つでした。GNは穀物メジャーのカーギル社(Cargill Inc.)とは旧くから結びつきを持ち、グレート・ノーザン鉄道は穀倉地帯に網の目の様に支線を敷設して穀物を集め、シアトルやミネアポリスに送り込みました。カーギル社をはじめとする穀物メジャーは1960年代前半にはいち早く穀物輸送を汎用の有蓋車(Box Car)から穀物輸送専用ホッパ車(Grain Hopper Car)に切替えた事で輸送費の低減を行いました。此によって穀物メジャーの市場競争力が強まり、穀物メジャーの取扱シェアと収益がアップしました。
- 車窓から外を観ていると、車掌の検札があり降車駅の確認を行い、ボーディング・パスの小さい方の半券を受け取りました。検札が終わると食堂主任(ダイニング・スチュワード)の夕食の予約の確認が有りました。今回は翌日の朝が早い為、一回目の夕食にしました。
- 最初の停車駅エドモンズ
- 一旦、線路がピージェット湾と離れ、再びピージェット湾に近づくと線路際には狭い砂浜が隣り合っています。波は穏やかで、秋というのに水辺で遊ぶ家族連れの姿が見えます。高緯度のせいか日は未だ高く雰囲気は夏の海のような感じです。同じ海でも昨年の南カリフォルニアのサンタ・バーバラの海岸とは違うものを感じます。海を見ているうちに最初の停車駅エドモンズ(EDM Edmonds, WA)に到着です。駅前の線路沿いの道路には見送りに来た家族連れのRVが止まって東行エンパイア・ビルダー号を見送っています。
- このエドモンズですが日本と以外な関係で繋がっています。東京に行かれた方で、銀座四丁目の天賞堂に行かれたり前を通ったりした方はご存じかと思いますが、天賞堂の入口のウィンドーに模型の機関車が飾られています。天賞堂はブラスモデルと呼ばれる精密な鉄道模型を戦後間もない頃から製造して米国に輸出していたのです。その模型を輸入して販売するインポーターと呼ばれる代理店がこの町に在ります。この代理店の名前がパシフィック・ファスト・メイル(PFM Pacific Fast Mail)社です。日本製の米国型の鉄道模型は米国で大変な評判になりました。これが日本の外貨獲得に貢献し、天賞堂は国から表彰されました。
- 日本製の米国型の鉄道模型も量産品から少数生産の特注品まで有りますが、特注品の最高峰がこの会社の名前が付いたPFMクラウンモデルと呼ばれるものです。1997年3月にこのPFMクラウンモデルのコレクションが何とニューヨーク(NewYork, NY)のサザビーズ(Sotheby's)のオークションに登場したのです。それも有名人のコレクションの一部ではなく、PFMクラウンモデルを含むブラスモデルだけのオークションの開催です。自宅にサザビーズからそのオークションの案内の葉書が来ましたが驚かされました。かつてブラスモデルは輸出用で国内には一切発売されませんでした。国内に有ったとしても、日本人に売ることは有りませんでした。しかし時の流れは状況を変え、豊かになった日本に米国からブラスモデルの売込に葉書が来る時代になりました。
- 天賞堂も宝石時計店から模型店として知られ、女性にはあまり知られなかった訳ですが、Hanako族が登場すると、父親を同伴して行く店になりました。高級時計のブームでは紹介記事の常連になりました。
- エヴァレットで陽は落ちる
- 東行エンパイア・ビルダー号はエドモンズを発車すると更にエヴァレット(EVR Everett, WA)に向かってピージェット湾に沿って北上します。海岸には人出が有りません。此処は緯度でいえば北海道より遙かに北になります。陽が落ちると急に気温が下がるので油断が出来ません。ピージェット湾は夕日を受けて金色に輝いています。此処エヴァレットにはボーイング社(The Boeing Company)の旅客機製造工場が在り、シアトルやタコマから多くの工員が此処に通勤をしています。此処でシアトルからは約30マイル離れています。陽が落ちて暗くなり始めたところでエヴァレットに到着しました。エヴァレット駅のホームは進行方向右側に在るため駅の様子が全く判りません。駅の様子が判らないうちに(といっても10分位経っている)東行エンパイア・ビルダー号は発車して行きました。
- 列車は東に向きを変える
- エヴァレットを発車した東行エンパイア・ビルダー号は進行方向を北から東に変える為右に曲がる線路に入っていました。シアトルから並行していた線路はそのまま北に向かっています。北行線と東行線の分岐点はエヴァレット駅の手前に在ります。北行線は国境を越えてカナダはブリテッシュ・コロムビア州のバンクーバー(VAC Vancouver, BC Canada)に入っています。米加連絡列車のマウント・ベーカー・インターナショナル(Mount Baker International)号は北行線を通ります。 東行エンパイア・ビルダー号の進行方向が東に変わると車窓の風景が一変しました。牧場や林や畑という典型的な北西部の風景に変わりました。時間は午後6時過ぎです。予約した夕食の時間は過ぎていましたが、直ぐに案内放送が有って食堂車に向かいました。
- 食堂車にて
- 食堂車は予約した寝台の有る車輌と隣り合わせの為、あっという間に着きました。例に拠ってボールペンと予約時間を書いた紙を持って行きました。テーブルには先客が居ました。先客は夫婦連れと一人旅の高齢の御婦人でした。アテンダントへの食事の注文も手慣れたもので、魚料理の鮭のステーキのにんにくバターかけとアイスクリームとアイスティーを注文しました。今回は醤油と箸を持って行きました。鮭だったので使う必要は有りませんでしたが、醤油のほうが口には合いました。食事中に東行エンパイア・ビルダー号は先行する貨物列車を待たせて通過する予定が変わり、貨物列車と並んで停車する事なってしまいました。停車時間は1時間位になりました。帰る時にはアテンダントへのチップを置いて行きます。
- 睡魔には勝てず
- 食事が終わると寝台に戻る前にラウンジ車内の売店で菓子を買おうとしたところラウンジ車が連結されて無く食堂車の片隅が売店になっていました。スナック菓子と水を買って寝台に帰りました。未だ時間は夜の8時過ぎです。明日のことを考えると、体調は時差ボケが直らないのと飛行機の中では殆ど寝られなかったので、自分で寝台をセットして寝てしまいました。セットは昨年のコースト・スターライト(Coast Starlight)号のアテンダントのセッティングを見て覚えていたので簡単でした。
- 1日目 終
二日目へ
- This page last updated on Jan 03, 2003
- Copyright (C) 1996 Netscape CommunicationsCorporation.
- Text (C) Nobuo Hoshino
- Photo (C) Nobuo Hoshino