
みなさん、元気でおすごしですか? 日本は暑いでしょうね。LAも暑いですよ。
さて今回は、まずtenさんに北海道の写真を撮ってきてもらったことの報告から。みなさんよくご存知の通り、今回tenさんは北海道旅行をしてきました。その間、みなさんのところへと同様、LAの私の家にも、オホーツクと太平洋を越えて、しばしば鳩が飛んできていました。まずは「吉敷攻略本」のための写真撮りますよ、どこがいいでしょうというお尋ね。そこで私があれこれと言ったので、tenさんは予定を変更して、「眩暈」の舞台のひとつ、幌延には行けないことになってしまいました。
そして2、3日後、ふと思い出したのがデジカメ日記に写真がないこと。今年の4月、私は光文社のご存知穴井則充副編集長と二人、柄刀一さんに会いに札幌に行ったのですが、この時すすきのの江差亭という郷土料理の店で夕食を食べ、ではちょっとばかし、ということですすきのの夜の街に繰り出しました。私はこれまで北海道にも札幌にも何度も行っていますが、「世紀末日本紀行」の取材対象のような固いところばかりで、高名なすすきのなる歓楽街には、一度も足を踏み入れていませんでした。
私は穴井さんにすべてをまかせ、ただくっついて歩いていただけなのですが、アルコールが全身に廻るにつれ、今銀座にいると確信するようになった穴井さんがみるみる心身喪失状態に陥り、その夜われわれはとんでもない目に遭う羽目になりました。翌朝の穴井さんは、酔っ払いの常として昨夜の自分の行動をまったく記憶していませんでしたが、私はほとんど素面でしたので、よく記憶しています。そこで、「すすきのの熱い夜」と題し、3回連続の迫真ノンフィクションを書きました。これはたかだか何時間かの体験を三回に分載したものですが、季刊onlineみたいな真面目なところではなく、徳間書店の「問題小説」あたりに載せるべきドキュメントです(別に問小が不真面目というわけではないのですが)。しかしまあ、たまにはこういうのもよかろうと思い、公開します。デジカメ日記の連載では、たぶんこれまでで一番面白いものではないかと思います。これで穴井さんの人気も急上昇、南雲社長、T橋編集部長をごぼう抜きにすることでしょう。
しかしそのような体験中、当然写真など撮っていません。そこで今回、iモード片手に北の大地を疾走中のtenさんに、札幌に入ったらカラオケに行って酔っぱらう前に、すすきの周辺の写真、江差亭の写真、クラブ・カメリア(このクラブはいたって健全でした、念のため)の入ったビルの外観、できれば夜景、を撮って送ってくれるようにと書いて鳩を飛ばしたのでした。名古屋人のtenさんにはそんなこみいった場所が解るはずもないですが、たぶん地元の人たちが教えてくれるであろうと考えました。
で、たった今、圧縮された写真群が鳩の脚に巻きついて到着しました。すすきのの写真だけで13枚、北海道全体では80枚も撮ったそうです。しかも大半はデジカメ、フル画像、これらはデジカメ日記だけでなく、吉敷攻略本に、サイトの写真館に、あるいは壁紙にと、今後あちこちで活用されることでしょう。そこでこのお礼に、私は今この手紙を書いているというわけです
tenさんのすすきのの写真、デジカメ日記に使わせていただきますよ。したがっていずれonlineに現れる迫真のノンフィクション、「すすきのの熱い夜」前、中、後編の挿入写真は、大半tenさんの手になるものです。私が撮ったものは、江差亭内のせいうちの剥製の写真と、料理の写真くらいのものです。もう文章はとっくに原書房に入ってしまっているので、この点を断ろうとは思いますが、もしかすると漏れるかもしれません。よってその点をここにお断りしておきます。tenさん、しまさん、ネコキチさん、ケムさん、ご協力をありがとうございました。江差亭やカメリアは、しまさんとネコキチさんが交番などをあたって所在を突き止めてくださったと聞いています。
私の4月の札幌行きでは、地元のみなさんたちに連絡をとらなかったせいで、えらい目に遭いました。すすきのは素人が気軽にうろつける場所ではありませんね。秋にまた行くかもしれませんが、そのおりには穴井さんも会いたがっていますので、きっとご連絡しますよ。おばさんに真っ暗な部屋に連れ込まれない、安全な店を教えてください。
さてそのケムさんも書いている、そしてtenさんが表紙の装丁をやっているパロサイ2、正式名称は「御手洗パロディサイト事件、パロサイ・ホテル」ですが、製作は順調に進み、中身の作業はほぼ終わっています。パロサイ1の方もこの時、tenさん作の新装の表紙カヴァーをかけて再出荷しますが、この製作もほぼ完成しました。1と2、計4冊が同時に書店に並ぶはずです。パロサイが4冊、これもまた空前のできごとです。
この出版に社運を賭けた南雲社長は、新生「ネイチャー・ボーイズ・アンド・ガールズ・クラブ」の全国平積み広報活動に、大きな期待を寄せています。この団体の名称がどこから来たのかと、SSK中が首をかしげているようですが、これは作中に登場するナタリー・コールの歌、「ネイチャー・ボーイ」から来ています。これは昔横浜のミントンハウスで、御手洗さんが石岡君に聴かせた思い出の歌です。
表紙の仕事がほぼ終わったというのは、つまりまだ完全に終わっていないのは、最後の詰めの真っ最中にtenさんが北海道に逃走したからですが、まあ大丈夫でしょう、間に合います。1、2とも、表紙のできは大変いいですよ。期待していてください。内容ももちろんです。
パロサイ2の発売日は、8月末から9月頭の予定です。南雲堂には、このスケジュールは是非守って欲しいところです。というのは、その前にも後にももうほかの本の出版予定が入っているからですね。ぶつかると営業上はよくないです。
8月頭に角川は、お待たせしている「ハリウッド・サーティフィケイト」の発売を予定してくれています。現在こちらも急ピッチで表紙の製作が進んでいます。6日に見本の予定ですから、その頃から都心の書店を中心に並びはじめるでしょう。装丁の担当は、芦澤さん、西口司郎さんのお二人です。非常に燃えて下さっていると、編集者氏からは聞いています。この本の装丁には私は関わっていませんので、出てくるものに今、大いに期待しているところです。これを書いている本日、東京の角川から表紙の色校が発送される予定です。楽しみです。
これは、いろんな意味で危険な本ですね。アングロサクソン、ケルト、ユダヤ人などが入り乱れるヨーロッパ民族の歴史が背骨になっています。ケルトの民話伝承が織り成す不思議な物語から始まり、古代ローマの奢り、ナチの奢り、そしてハリウッドの奢りへとつながっていく、欧州人たちの一大叙事詩です。日本にいてはなかなか伺い知ることのできないハリウッド人たちの生活を垣間見ることもでき、勝ち気なレオナの、見ていられないような危ない闘いぶりを知ることもできます。私としては大変好きな作品ですが、性的な表現には惑わされず、背後の精神を正当に読み取っていただければと思っています。
原書房の「ロシア幽霊軍艦事件」、これは大幅に加筆し、単独の単行本として上梓します。加筆は前半から無数にありますが、最も大きな違いは、最後に長い長いエピローグが付いたことです。こはすべての謎が解けた瞬間、展開を開始する大陸時代の皇女の苦闘の物語です。彼女の恋愛感が物語の中心動機になっていますが、このエピローグだけでも一編の短編小説として成立するでしょうラスト、着地の文章も新たに書き加えました。完全なものとなった今、自分としてはこれは代表作のひとつになったと感じています。
この小編の主な舞台はバイカル湖畔のイルクーツク、彼女の孤独な旅はエカテリンブルグから始まります。第一稿を書き終え、テレビの日本語放送をつけたら、イルクーツクで飛行機が落ちたというニュースが流れたのでびっくりしました。しかもこの飛行機は、エカテリンブルグ発というので二度びっくりです。亡くなった方々のご冥福をお祈りします。「ロシア幽霊軍艦事件」は、10月上旬の発売予定です。
もうひとつ、「WS刊島田荘司」の改装工事が大きく進んでいることについても、お伝えしておきましょうか。以前にWS刊のBBSでもお伝えしましたが、この館の背後には入江があり、その対岸には森があります。夜になるとこの上に蒼い月がかか、入江の水面を照らします。これを眺めるため、WS刊の背後は総ガラス張りになっています。一階のガラスの手前はグランド・ピアノが置かれたコンサート・ホール、2階はギター曲を聴かせるギター・ラウンジ、3階は島田ワールドから触発されて生まれたオリジナル曲を聴いたり、作品に登場した名曲をMIDIで聴いたりするための銀河ラウンジです。1、2階のラウンジは壁面いっぱいのガラス越しに月光の入江を眺めながら、3階ではさんざめく星空と月を、そして時にあがる花火を眺めながら、音楽を聴いていただきます。
ここ何週間かは、好きな曲のOKな演奏を求め、仕事の合間、いや最中も、終日MIDIネット・サーフィンをしていました。PCの時代になり、私はまたクラシック・ピアノの時代が戻ってくると信じています。クラシックはこれまで、裸の王様的誤りに陥っていたと思います。心がこもったと称するヘンテコな演奏を聴いても、誰もそのおかしさを指摘できませんでした。クラシック・ピアノが一部の名人のものではなく、初心者が自分で演奏を作って聴く、作曲者の意図に近い演奏の時代に入ったからですね。機械的なリズムのMIDIは、クラシックが潜在的に持っていた美しさを見る見る甦らせます。コンサート・ホールには是非期待してください。
ピアノ曲はバッハ、スカルラッティから始め、グラナドス、ガーシュインまで、ピアノ曲が宗教音楽とか宮廷お抱えのものとして発生し、ロシア民謡の影響を受けたり、ジプシー音楽の影響を受けたり、ジャズのリズムを取り込んだりしながら発展変貌していくさまを俯瞰できます。
一階、二階のホール、ラウンジはもう完成しています。凪いだ入江の岸に寄せるゆるやかな波と、対岸の森の上にかかる月を眺めながら聴く、お気に入りの曲、お気に入りの演奏は、本当に素晴らしいものです。今私は、毎晩ずっとこの一階ホールか、二階のラウンジに入り浸ってすごしています。このスペースさえあれば、もうほかには何も要らないというくらいに気にいっています。早くみなさんにも公開したいものです。もうしばらくお待ちください。
2001年7月23日 島田荘司