「季刊 島田荘司」第2号の柱の御手洗小説「ロシア幽霊軍艦事件」と、「金獅子」についてお話します。
「ロシア幽霊軍艦事件」は、昨日7月5日、ようやく脱稿して原書房にメイル送しました。またしても長くなって、前回の「山手の幽霊」よりも長いのではと思います。まだきちんと数えてはいませんが、400枚以上あるでしょう。もうこれだけで出版してもいいくらいですね。
時期は1993年夏の横浜で、むろんまだ御手洗が横浜にいる頃のことです。この作品は、ジャンル的には歴史ものに入るでしょう。近代史上に有名なある歴史的な謎について、自分の推理を述べるという性格も持たせています。だからこれまでのものと少し毛色が違います。おおよその構造は、2/3までは史実、1/3がフィクションといった感じでしょうか。世界史のお勉強というところがないでもないですが、石岡君は別に退屈はしなかったと言っています。
この疑惑のストーリーはハリウッド映画にもなっているし、最近では日本でもヒットしたあるアメリカ製アニメになっていますから、ご存知の方も多いでしょう。でもあの物語は、実際とはほど遠いものでした。この謎については、日本にいる頃から知ってはいましたが、こちらにきてより詳しく知りました。「ロシア幽霊軍艦事件」自体がまだ世に出ていないですから、今はこれ以上は言わないでおきます。
これを単行本として出版する際には、ですから現実の写真などの資料をふんだんに入れるとか、歴史的な背景を解説した文章を加えるとかして、教養価値を持たせる、それともまったく別角度からの小説的情景を入れるなどして、装いを変えるのもいいかもしれません。しかしたった今は脱稿したばかりなので、今以上の形態はイメージできませんが。時間が経てば、見えてくる別の形もあるのでしょう。
金獅子に関しては、実は少し困っています。「ロシア幽霊軍艦事件」が長くなってしまったので、この上にこの小説「金獅子」も、また多くの連載エッセーも書いては、またしても本が厚くなり、単価があがってしまってみなさんに迷惑かけるのでは、ということですね。
「金獅子」に関して、今はこんなことだけ話しておきます。幕末から明治初期にかけての横浜を、資料に忠実な舞台に乗せて描いたメジャーな小説というものは、これまでどうもなかったように思われるんです。郷土史家が書いた自費出版ものならあるのですが。これまでの作家の興味の対象は、多く江戸や京都に行ってしまって、横浜は文明開化からずいぶん時間がたってようやく登場するという感じでした。でも幕末の横浜には、江戸や京都にない魅力が多々あります。そしてこれらよりうんと歴史が浅く、その意味では把握もしやすいんです。しかし同時に、資料が少ないという難点もありますが。
私は時代考証家でも郷土史家でもないので、小説中の考証の誤りを指摘したり、これを怒って追求するなどという趣味はありません。面白い時代小説があればただ楽しみます。でもある小説を読むと、当時の街並みが、映像を観るようにして頭に再構築される、というような小説があっても面白いなとは思ってきました。
とはいえ、金獅子はこれを目的とはしません。面白い小説があり、そのかたわらに知らずそういう効果も産まれている、というような自然なかたちが理想ですね。できるかどうかは解りませんが、これを目指してみたいとは思っています。
それから、現在の日本人を苦しめ、わが社会を息苦しくしている日本型の正義ですね。カリフォルニアにいると、どうも日本人意地が悪いなと感じてしまうんですが、これがまるであらたまらないのは、意地悪が新人の鍛練とか、いい格好しいに報復しているのだとかといった、言い訳のストーリーで正義化しているからなんですね。意地悪と気づかせない心理構造が巧みに完成している。かくして多くの人々が、この意
地悪人間を目ざして日々成長しているんです。なにかというと禁止罰則、あるいは少年法厳罰化を主張するわが正義も、ここから来ています。
こういう日本型歪みの凶暴が顕在化し、定着していったのがこの幕末の時代からなんですね。この頃はむしろ、小僧をこそ殺して磔見せしめにしています。これをみなが呼吸のように当然と考えましたから、どんどん自らの首が絞っていく。こういう寓話風味も、あまり前面には出さず(またしてもお説教と間違えられますからね)、地下水のようににじませていくことは考えています。
とはいえ、うまくできるどうかは解りませんが。
2000年7月6日 島田荘司