ところが現在の世界史の上で、自己の生活経験から記録や保存・活用に供する、「文字」という言語表現技術を考案したという栄誉を担う民族は、僅かに四種の種族に限られている。つまりエジプト人のヒェログリフ、中近東のシュメール人の楔形文字、中央アメリカ・メキシコのインディアンの古族の作った摩耶(マヤ)文字と、さらに中国河北地帯の黄河周辺に起こった、漢民族の「漢字」とである。そして他の三語が現在すべて死語・廃語という絶滅語になったことに対し、独り漢字のみは同一大地の上で同一民族の手によって、その書体は幾多の変遷があったとしても、あたかも不死鳥のごとく現在も継続使用されている。そればかりかこの漢字は、将来仮りに言語としての機能を失うとも、書法(道)とか篆刻芸術の分野においては、永遠にその生命を持続するであろうという、真に不思議な生命力を持つ言語であることに注目すべきである。
この輝かしい功労者は、中国に最初に王朝を樹立した殷民族である。彼等は大麦や羊などを携えて、恐らく中央アジアから渭河(水)沿いに洛陽平原に東遷した人々の集団である。その多難の旅路や定住後の生活から、各種の知恵を体得した所産の一つと思える。彼等はまずそこで漢字構成の先行知識の刻符・文様などを認識した。洛陽・鄭州から安陽小屯へ遷都、亡国の紀元前一〇六六年より以前、二七三年間に漢字を完全に製作したのである。それは殷金文と甲骨文字とである。
この時点ですでに文字類は六〜七千字は創作され、字形・字音・字義は整然と確立した。まず字形は勿論絵画からの発展であるが、扁・旁・冠(頭)・脚や、構・垂・繞の基本形もその形を整え、後の所謂部首法「五四〇部」以上のものをもっている。次いで字音は音符のあるもの無いものの差はあっても、完全に具備されていて、それによって今日の中国語の基礎語彙が窺える。それは先行する「無言の歴史時代」の中国人の思考形式まで窺える。更に字義の成立を理解していくと、実に、中国人のもつ叡智と合理性を深く知ることができる。
そして通常言う「文字」も本来別種のもので、
の活用もすでに行われていた。これらのものをエジプト文字と比べても、毫も劣っていない。文字構成で重大ポイントとなるところは形声文字であり、もと絵画から生まれた「文」はそのものの形→象形、あるものを指示する→指事、「字」は二つのものを会わせる→会意で単純であるが、形声は複雑である。絵画は本来有限のものであるが、社会事象は無限であり、有限のもので無限のものは表出しきれない。そこで同音のものを全くもとの意味には無関係で、他の意味に転用することで、これが所謂仮借である。形声文字の意味は正にこの仮借の利用によって完成し、これが漢字の中の八〜九〇%以上を占めているのである。エジプト文字中には形声文字の「形」に当る決定詞はあるが、漢字の意符には及ばないと思われる。また両国語ともに完全に「仮借の原理」を活用しているが、決して漢字のそれは劣ったものではないと固く信じられる。
この外、その造字や文章表記に当たっては、まことに近代的センスとでも言うべき躍(踊)り字の手法などを用い、それは驚くべき技法で字形を完成させている。とにかく漢字全般を解明してゆくときは、まことにその勝れた技法とセンスとアイディアには驚かされるのである。
そこで最後にまことにユニークな造字例を挙げてみよう。「風」とは気圧の差によって生ずる大気中の空気の流れである。その自然現象を彼等はいかにして文字化したか。漢字における「カゼ」の最初の字形は、実は「鳳」字であった。鳳はもとより想像の瑞鳥で実在するわけはない。実はあの台風をまず文字化した。鳥は大空を飛ぶもの、風(@70617)=凡(ハン)は台風の風音の擬声音である。「ホウ」という大声を発して大空を飛び去る鳥である。この場合鳥は有害のもの・怪奇のものなどの意をもつ。ところがこの字を書くに画数が多く繁雑である。そこでハブとかまむしなど有害・怪奇なものを表わす「虫」字に変えたのである。
このようにして漢字の発生時の意味を知るとき、われわれは中国人のきわめて勝れた知性や合理性、才気煥発・創造の英知に富む民族性の特色を強く感じるのである。
文学博士、元群馬大学教授
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[例] 鴎(@47268)
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