同形異字の問題点

−「日ニチ」 と 「曰エツ」 は同じ文字ではない−

古家 時雄

 全く同じ形をしているか、ほとんどその違いが判然としないまま、異なる別の文字が、一種類の文字であるように見えてしまう場合があります。よく知られている例としては、阜(フ、おか・ゆた_か、@41534)と邑(ユウ、くに・むら、@39269)のように、それぞれ偏または旁となって筆画が省略された形になると、全く同形になるので、その位置が文字の左右いずれかの部分にあるかで判別することになります。偏として左部分にあれば「こざとへん」であり旁として右部分にあれば「おおざと」と認識します。(阜→@41536、邑→@54780)ISO規格とほぼ同じ内容を持つJISX0221規格では、「こざとへん」の文字が収録されていますが、「おおざと」は収録されていません。同形ですが画数表記は、中国(大陸)2画、日本3画と異なります。(ISO規格表の961Dを参照して下さい)

 また、日(ニチ、ひ、@13733)と曰(エツ、いわ_く・ひらび、@14278)のように教育漢字に日(ニチ)を含み、JIS規格では両方の文字に別のコードが与えられている文字もあります。(ISO規格表の65E5・66F0を参照して下さい)

 この文字の組み合わせの場合には、見た目には同じ形をしているようでも、異なる文字として扱われています。その字形の差違を区別するために、真ん中にある横線が両脇の縦線に接するように表記してあれば日(@13733)であり、横線の右が接していなければ曰(@14278)として認識することができます。しかし、この二つの文字が他の文字の部分を構成すると、その差異は判然としません。そのため、本来「ひらび」の部首になくてはいけない文字が「日」の部首に含まれているような錯誤がおこります。

 もちろん、所属する部首がどこであろうとも、それが別の違う文字になるわけではありませんが、文字の成立ちから字義を引き出す場合には、とても重要な要素なので、文字字形にその区別ができるような配慮が必要だと思います。

 その代表的な例としては人名用漢字表284字に含まれている「智@14010」「晋@13899」があげられます。「晋」は「晉@13898」の筆法を変えた同字です。これらは、ほとんどの漢和辞典で「日ニチ」の部首に記載されていますが、実は「曰エツ」に所属しなくてはなりません。「智・晋晉」の古文籀文を調べると、明らかに「曰エツ」の字形を確認することができます。

 「曰エツ」は、神と交信するための箱である「口」に祝詞を入れてある状態を文字にしたもので、真ん中の横線はその祝詞を表わします。もともと「口」という文字は顔の中にある「くち」を指すものではなく、祝詞の箱を表現したもので、音符も「サイ」でした。

 少し前になりますが、「インディジョーンズ『失われた聖櫃 アーク』」という映画が封切りとなり話題になったことがありました。モーゼの十戒をいれたといわれる「聖櫃 アーク」と呼ぶ箱を中心に、ストーリーがどんどん展開するという波乱万丈の内容です。

 神との交信するための箱が「聖櫃 アーク」ということですから、これは東洋でいう祝詞箱のことで、「口」の文字の意味するところです。またアークに十戒をいれた状態は、呪文を書いた祝詞を祝詞箱に入れた「曰エツ」の意味する状態と同じです。大きな隔たりのある中国文明とオリエント文明の間で、旧約聖書の「聖櫃」と、古代宗教を表現した漢字の「口・曰」の機能と意味が、同一の性質を持っていたことは非常に興味深いことです。

 「智」の古い字形は、矢と盾と祝詞箱に祝詞の入っている箱を加えた字形です。祝詞の箱に武具の矢と盾を添えて神に祈請(ウケイ) することを表現し、さらに「曰エツ」を加えて、その祈請を強めている形です。

 「晋晉」は、祝詞の入った箱に二本の矢を立てている様子を文字にしたものです。最近これをNHK放送で見ることがありました。古い時代の方法に則った古式相撲で、力士が取り組みの前に、互いに持っている矢を箱に差し立てる様子が放送されました。

 古代においては、その矢を差し立てた箱に、占卜しなくてはならない事柄を記した祝詞が入れてあり、占いに対する神の託宣を相撲の勝敗によって判断していました。相撲というスポーツを通して、今に伝わる古代の神事が、「晋晉」の意味するところです。この他にも「曰エツ」を使っている文字は「旨・曹・昌」などたくさんあります。

 「日ニチ」は太陽の他にいろいろな物や様子の意味を持ちますが、おおむね円い物を表現するために使われているようです。

太陽 ひる
よる
太陽を仰ぐ
太陽の人格化
天日で乾肉をつくる様子
祭壇上の玉
玉と巫女
玉と祝詞箱と浄めの枝
玉を持つ龍
曰に入れた玉(上部分)
昆虫の目
蜥蜴の目
渦状に廻る様子
月光が差し込む窓
三つ星(参星オリオン)
果実 十字に割れて芽を出す木または草の実
匙スプーンで掬った木または草の実
 このほかにも、的・鬼・篆・豆・倉・良などの古い文字にも、同形のものがあります。

(今昔文字鏡解字字典より抜粋)

 「日ニチ」も「曰エツ」も様々な字義を持った文字です。部分的に使われている「日ニチ曰エツ」の差違を字形で判別できるならば、見ることで字義の区別ができます。

 真ん中の横線が右に接する接しないという、日常的な使用では気にもならない程度の表現が、漢字のルーツや、字義を知るための勉強に役立ちます。

 もちろん、筆書のうえではこのような差違を字形細部にこだわる必要はありません。「日ニチ曰エツ」どちらの文字を使用しているかを識別できる字体は、印刷やコンピュータ上での活字体表現に限定すればよいでしょう。

 このほかにも、いくつかの同形異字が存在しますので、そのような文字についても、このような字形表現上の気配りをするならば、漢字学習の効果をより高めるものと思います。

『今昔文字鏡』開発者

文字鏡研究会副会長


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